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一般財団法人 レオ財団

月例会・勉強会

プロ冒険家 阿部 雅龍(あべ まさたつ)様にご講演いただきました。

『100年前の日本人冒険家の意志を継ぐ南極冒険』

 

2019.11.13
 
 

何の夢もなく、漫然と学生生活を送っていたと言う阿部さん。
100年前の日本冒険家の意志を継ぎ、冒険をし続ける理由とは?

 

「このまま僕は、やりたいことをやらないままで、笑って死ねるのか」

 

単独かつ人力が自身の冒険スタイルと語る阿部さん。
今年1月には、自身で100kg以上のソリを引き、たった一人で55日間かけて南極点到達に成功されました。

 

阿部さん2

 

冒険家となったきっかけは3つ。
1つは、父親の死。
阿部さんが4歳、お父様が29歳の時だったと言います。
それまでの記憶がないのに、お父様の葬儀は強烈に覚えている中で学んだのは「人は必ず死ぬ」ということ。
2つ目は、就職活動。
何をしていいかわからなかった…
そんな時、幼い頃大好きだった、自分の意志でどんな困難にも立ち向かい乗り越えていく冒険家の本を思い出したのだそうです。
3つ目は、恩師である冒険家、大場満郎氏との出会い。
インターネットの記事で大場満郎氏のインタビューと出会い、
「人生って一回しかないから、笑って死ねる人生がいい」という言葉に大きな衝撃を受けたと言います。
過酷な状況に挑戦するために、必要なこととは?

 

「リスクヘッジと目的意識をもつこと」

 

マイナス30度、体感気温マイナス50度にも及ぶ過酷な環境下。
2ヶ月間誰にも会わず、ひたすら景色が変わらない先行きの見えない世界において、必要な事は2つ。
1つはリスクヘッジ。
身体のトラブルや命そのものを守るために、大きな事故に遭わないようにすること。
2つ目には、自分の精神を保つ方法としての目的意識の明確化。

毎朝太陽に向かい、二礼二拍手をし、その日一日の目標設定をするのだそうです。

そういった努力を重ね、子どもの頃からの夢だった南極点に、日本人初のルートで到達を達成された阿部さんが、南極点到達で得たものは?

 

「大人になっても、夢を忘れなければ叶えられる」

 

大学生時代、何の夢もなく平凡だった自分でも、南極点に日本人初のルートで到達することが出来た。

そして、阿部さんの今後の目標としては、人類未踏への挑戦。

阿部さん1

 

人類初のルートで南極点到達を達成したいと言います。
それが100年前、白瀬のぶという冒険家が打ち立てたルート。
阿部さんは、白瀬氏の夢を受け継ぎ、達成することで先人の夢を叶えたいと仰います。

 

阿部さんの夢は、自身の冒険だけに留まりません。
冒険学校を創り、日本中にチャレンジャーを増やしたい。
それは、冒険家だけではなく、自分たちで雇用を創出できるようなチャレンジ精神をもった子を増やしたいのだとか。
100年先のために、今自分たちが出来る事、ということを我々ひとりひとりに投げかけて下さった阿部さん。
阿部さんの新たな挑戦をこれからも是非、応援下さい!

 

■略歴
プロ冒険家 阿部雅龍氏
1982年生まれ。秋田県出身。秋田大学在校中から冒険活動を開始。
100年前の同郷の探検家白瀬矗南極探検隊長の足跡を伸ばしての人類未踏破ルートでの南極点徒歩到達を目指す。
21歳より冒険活動を開始。基本的なテーマは単独と人力。著書に学校推薦図書『次の夢への一歩』角川書店がある。
普段は資金稼ぎとトレーニングを兼ねて浅草で人力車業を営む。
人力車を引いて国内を周ることもあり、2017年には 旧国68箇所の一宮を人力車を6400km引いて巡拝。
全国一宮の神前で献笛をする。
2019年1月17日、日本初メスナールートによる南極点単独徒歩到達(918km)を達成。 
2019年3月板橋区民栄誉賞受賞。
◆冒険事務局『人力チャレンジ応援部』
◆浅草人力車 阿部屋
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