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一般財団法人 レオ財団

理事長ごあいさつ

人の幸せを自身の幸福として生きる

皆さんは「ひとのために生きようとする人」とお聞きになられて、どのような事をご想像されるでしょうか。自分を捨て他人のために尽くす、聖人や求道者のようなイメージではないでしょうか。確かにそれ自体は崇高なことですが、誰にでも、いつでもできる事ではありません。
私の考える「ひとのために生きる」とは、実は全くもって「自分のため」であり、それによって「自分が幸せになる」ことだというものです。

 人間は自分が一番大事で可愛いものです。
しかし、とことん突き詰めていくと、それは「幸せになりたい」というところに行き着きます。
ではご自身の幸せとは何でしょうか。色々思い浮かぶと思いますが、
たった一つと聞かれたら何を選びますか。お金や地位はあればよいものですが、それだけあっても他に何もなければ幸せにはなれません。

 私は、「愛され求められ続ける」ことだと考えます。
これを言い換えると「魅力があって、役に立ち続ける」ことが人間の本質的な幸福だと思うのです。無人島に住む灯台守であっても
彼の灯す火が多くの船の安全を担い深い感謝に支えられていれば、
階段を上る彼の孤独は幸せな人生に変わると思うのです。

この事が本質であるもう一つの理由として、私たちは必ずその命を終える日を迎えるという事があります。もしあなたが永遠の命を願うとしたらどうでしょう。物理的には不可能ですが、人は人の記憶の中で生きることができます。

人間の本当の死とは、記憶する人がいなくなった時に訪れるのです。
宗教や哲学の話ではなく、現実に歴史上の偉人は1000年も2000年も記憶のリレーの中で生きています。

考えてみれば、永遠の命なんて途方もない欲望です。

私の部屋には二宮尊徳の「真の学問とは、小欲を大欲に変えるための手段なのだ。小欲とは己のみの欲求を満たすことであり、大欲とは人間そのものの幸福を満たすことである」と書いた額があります。

大いなる欲望とは、他人を幸福にしようとすることだというのです。
この考え方には「報恩謝徳」という土台があって「すでに沢山の幸せをもらっていることに気付き、その恩に報いる」というものです。
何かを成し遂げた結果ではなく、今の幸せに気付いて感謝し、多くの人ために行動したときに、人から愛され求められ、その日々がさらに多くの幸せで満たされるのだと私は考えます。

 そして、もう一人。
私の人生に大きな影響を与えたのが、アメリカの鉄鋼王、アンドリューカーネギーです。私がまだ若く、お金もなかった頃に出会った一冊の書籍『富の福音』の中で、社会貢献を自分の意思で行った人は

『その死は金銭的には貧しい人の死と変わりはなくても、社会から受ける尊敬、愛情、感謝、称賛は限りなく、富を抱いたまま死に至る人に比べて、
何十倍もの心の富者となることができる』

とカーネギーは断言しています。
この言葉を目にした時、私は「第二の人生の使命」を明確に決意しました。

レオ財団の活動の本質は、この幸せになる生き方を広げていくことです。

レオ財団 理事長 橘 俊夫

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